2015年に我が家に1羽のセキセイインコをお迎えしました。
お迎えしたセキセイインコは体色が緑と黄色。
和風の名前をつけたいということで子供と相談して、体色からわさびと名付けました。
お迎えした日からわさびは我が家を明るく照らし続けてくれました。
が…
10年目に入った2025年8月23日の朝に虹の橋を渡りました。
この記事は、我が家のセキセイインコ わさび がどんなインコだったのかを紹介した記事です。
2015年 お迎え
セキセイインコのわさびをお迎えしたのが2015年。
我が家に色んなことが重なって暗い雰囲気になっている時にお迎えしました。

我が家でペットとの暮らしはわさびがお初。
そんなこともあって、子供たちは大喜び。
妻も大喜び。
わさびが我が家に来たことで一気に家の中の雰囲気が明るくなりました。
セキセイインコ わさびの特技
セキセイインコ わさびの特技を紹介します。
おしゃべり上手
こちらが成鳥になったわさび君。

わさびの特技は「おしゃべり」
とにかくおしゃべり上手なインコでした。
おしゃべりの様子
子供たちとの遊びの中で使った言葉をわさびはどんどん覚えていきました。
わさびの遊び相手はほとんどが子供たち。
わさびを相手に「あっちむいてホイ」するようになったり(笑)

本当に可愛いがっていました
そんなある日…突然!
わさびが「あっち向いてホイ」と喋るようになったのです!
その後からは「おはよう」や「おしまい」「あーくっさ」などいろいろと喋るようになりました。
ただひとつ。
教えた覚えのない言葉もしゃべってました😅
それが「チマちゃん」です。
家族が遠くにいる時「チマちゃ〜ん」と喋ります。
まるで家族を呼んでいるかのように。
ちなみに我が家にチマちゃんはいません💦
なぜ覚えたのかは不明です💦
そしてこちらがわさびのお喋り十八番が「ジャンケンぽい!あっち向いてホイ!」です。
YouTubeでいくつか動画を紹介しています。

よかったら観てください。
尾脂腺腫との闘病
ずっと元気だったわさびですが我が家にお迎えしてから7年ほど経った頃、異変が現れました。
腫瘍に気づく
いつも通り放鳥して遊んでいた時のこと…
妻が「わっちゃんの腰のあたりにおできのようなものができているね」
と異常を見つけました。
わさび自身はとても元気だったので、様子観察をしつつ
Webでその症状を検索してみました。
その結果、もしかしたら尾脂腺腫かもしれない…
というところにたどり着きました。
すぐに鳥専門の病院に受診。
おそらく尾脂腺腫だろうとの診断。
しかし、腫瘍自体は小さくしばらく様子を見ることとなりました。
漢方薬が処方されたのでその日から服用を始めました。
餌に混ぜて与えたところ嫌がらずに服用していました。
尾脂腺腫 治療の迷いと選択
漢方薬を継続していましたが、腫瘍の改善は見られませんでした。
鳥病院の先生からは「残念ながら根本的な治療はないのです」と説明がありました。
しかし、「何か治療方法はないものか」とWebで検索したところ…
腫瘍を切除する外科手術を行なっている動物病院のサイトを見つけました。
これだ!と一時は喜んだのですが…
その動物病院のサイトには「電気メスでの切除は大きなリスクが伴う」と記載されていました。
その頃、わさびは8年目に突入していたので
セキセイインコの寿命を考えればすでにおじいちゃんインコです。
わさび自身は食欲もあり、いつもと同じ様子だったので僕たちの決断はこうでした。
- わさびの年齢、体力を考えると手術に耐えられるか不安
- 手術を行なっている病院が県外でかなりの遠方。そこへわさびを連れて行って長期間滞在し治療を受けることは現実的に困難。
- 老鳥になったわさびに治療による苦痛を与えたくない。
- 以上の理由から切除術は行わず自然な形で見守るという決断に。
尾脂腺腫 徐々に大きく
見守る決断をした後から尾脂腺腫は少しずつ大きくなっていきました。
しかし、一時的に小さくなることもありました。
このまま「回復するかも?」という期待も常にありましたが…
期待通りにはならず腫瘍は大きくなっていきました。
わさび自身は腫瘍が大きくなったので動き辛そうではあったけど、止まり木への移動などは普段通りこなしていました。
尾脂腺腫 さらに進行
お迎えしてから10年目に入った頃、尾脂腺腫はさらに進行し大きくなりました。
大きくなった腫瘍の影響で腰が海老のように曲がるように…。
その結果、排便がキチンと下に落ちず尾羽に付着するようになりました。
わさびが動き回ることで尾羽に付着した糞の塊が運よく取れることもありました。
しかし、運良く取れることの方が少なかったので糞の付着具合をみて糞の塊を取り除くケアを続けました。
わさび 虹の橋を渡る
腫瘍に負けず、懸命に頑張ってきたわさびでしたが、体力の衰えが見え始めました。
大好きだった餌の摂取量が落ちてきたのです。
手を差し出すと、手に乗ってくるけど足の踏ん張りが聞かない様子で落ちそうになることもありました。
そんな様子を見て、僕は妻に「わさび そろそろ限界かもしれない」と話していました。
そんな中でも、わさびはいつも通り止まり木にしっかりと止まって過ごしていました。
決して地面で過ごすことはありませんでした。
そして…
2025年8月23日の朝
わさびは虹の橋を渡りました。
わさびが我が家に来てから10年が経過していました。
わさびとのお別れ
10年間、我が家を明るく照らしてくれたわさびとキチンとお別れしたいという思いでペット霊園で火葬していただきました。
現世ではわさびとお別れとなってしまいましたが…。
わさびとのたくさんの思い出は永遠です。
まとめ
わさびが私たちに与えてくれたもの、残してくれたものは計り知れません。
どんな生き物でも家族としてお迎えした場合、必ずどこかでお別れがきます。
お迎えする時には、ある程度それを覚悟しているものですが…
いざ家族(セキセイインコのわさび)を失ってみると、その悲しさ寂しさは想像を超えていました。
関係性が深ければ深いほど、失った時の悲しさ寂しさは比例して大きくなるものだと感じました。
わさびがきっかけで我が家には他にインコが2羽やって来ました。
ご縁があって我が家にやって来たインコたち。
このインコたちともいずれはお別れする時が来るのですが…
終わりがあるからこそ、それまでの時間を大切にしてインコたちとの暮らしを楽しみたいと感じました。
最後まで読んでくださりありがとうございました。